引き継ぎ終了。
来週から一人です。
今日は歓送迎会でした。
言ってもいいですか?
あるブロガーさんから「愛想がいい奴が犯人だ!」とコメをいただいていたのですが....
本当でした。
引き継ぎをしてくれた人が、きちんとしている人で引き継ぎノートも詳しく書いたものをいただきました。
親切な方だと思っていました。
実際、意地悪をされたりはしませんでした。
でも、どうもおかしい。
話が全くつまらない。
冗談の一つも言わない。
とにかくマジメな方だとしか思ってませんでした。
今日の歓送迎会....
その方はとってもかわいがられていて、私は肩身が狭い。
引き継ぎをしてくれた人としか話をしていなかったので、話せる人もいない。
当然、つまらない。
しょうがないと思ってました。
が....
気づいたんですけど、その引継ぎしてくれた方は私と一つも絡もうともしませんでした。
私が今後、お世話になるであろう女性と二人でずっといるという。
そしたら、来週どうするんだ。
放置プレイか、これは。
私は、分からない話を聞いてうなづいて愛想笑いをしてるだけ。
率直に言うと.....
くそったれ。ビッチめ。と言いたいところ。
もしかして、あいつ本当は腹黒いんじゃね?と気づいた次第。
絶対逆の立場だったら、フォローします。
二次会まで行ったのに、気分は最悪。
来週からが憂鬱です。
そう、鬱映画大好きなラース・フォン・トリアー監督の「メランコリア」のように。
私も素っ裸で惑星と交信すれば気が晴れるのでしょうか。
あらすじは...
巨大惑星メランコリアが地球に接近する中、ジャスティン(キルステン・ダンスト)は盛大な披露宴を催す。姉クレア(シャルロット・ゲンズブール)の夫(キーファー・サザーランド)が所有する豪勢な屋敷での宴は盛況だったが、花嫁のジャスティンはどこか空虚な表情だった。披露宴を取り仕切った姉夫婦はそんな妹を気遣うが……。
鬱映画ならお任せのラース・フォン・リアー監督。
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」や「アンチクライスト」は、まだ見ていない。
「メランコリア」が初。
噂には聞いていたが、相当な闇が果てしなく続いている。
終わりが見えない。
早く、鬱治せよと言いたいが....
こういう映画は誰でも作れるものではない。
この暗さと絶望に共感できたとき、病院に行かなければならないのはあなたです。
ブサ子代表のキルスティン・ダンスト主演。
表情から垣間見える面倒くささ加減もピッタリ。
この子も鬱経験者。
だからシンクロできていたのではないか。
当初、ペネロペ・クルスを予定していたらしい。
あんな健康そうな女優にできるものか。
この不幸そうなキルスティンだからこそハマれた役。
彼女のアップになっただけで、こっちまで引き込まれそうな憂鬱度は素晴らしい。
でも、別に見ていたくはないけれど。
納得できなかったシーンが一つ。
裸体で惑星の光を浴びるところ。
真っ裸全開で青白い光が美しく映し出す。
おっぱいがはち切れんばかりの勢いで。
「幸せの行方...」で見た、垂れおっぱいはどこに行ったのか。
私が知っているパイではなかった。
惑星は、幻まで見せるのだろうか...
監督のお気に入りっぽいシャルロット・ゲンズブール。
姉妹役なのに、一つも似ていない。
ただ、不幸そうなのは共通している。
鬱男に好かれる女は、決まって不健康そう。
その夫役だったキーファー・サザーランド。
相変わらず意味不明である。
この人に拳銃を持たせないでどうするのか。
胡散臭さは好きである。
これはSF映画ではない。
勘違いして手を出した人には、お悔やみを述べたい。
完全なる、人間ドラマである。
冒頭に多用されるスローモーションのシーン。
あれは、死の局面ではないか。
人は事故に遭ったりするときに、その瞬間がスローモーションに見えるという。
メランコリアという名の死。
それは、肉体の死ではなく自分に殺されるという心の闇。
生きることは無常である。
常に苦しみが伴う。
死ぬまで解放されることはない。
あの結末は、ある意味では解放であり終わりでもある。
キルスティン演じるジャスティンの行動は、全く共感できない。
かなりのビッチである。
周囲の人間を不幸にする。
それでもあの達観したような行動は、誰よりも希望を抱いているように見えた。
生きると死ぬことは、紙一重。
違うようで違わないような。
まだ見ぬ今後に、メランコリアが降り立たないことを願うばかり。
ちぶ~的くそったれ!度5
悲観になっているときに見るとちょっと勇気が出る。こいつよりは根暗じゃないと思える幸せ、ポジティブシンキング。