誰にも言うなと言われれば言われるほどに、誰かに言いたい。
早く、公表してほしい。
黙っていることに罪悪感。
最近、ずっとムズムズしている。
公表されて、早くスッキリしたいもんである。
「愛を乞うひと」は、想像以上にスッキリはできない母と娘の愛憎劇でございましたよ。

いつも通り、週末はシネマパレ で映画を鑑賞。
電車に遅れそうになり、チャリで爆走途中ホワイトアウト状態になっても関係ねぇ。
グランドフィナーレは、ラインナップが一週間ごとに変わるので見逃せない。
この「愛を乞うひと」は、幼児虐待がテーマ。
そういう映画は、あまりにも感情的に見てしまうので今まではスルーしていたのだが。
結婚をして、多少大人になってしまった私は今なら見れるのではないかと挑戦してみた。
なぜ、自分が生んだ我が子を虐待するのか。
その理由は人それぞれであり、理解するのは絶対に不可能だろう。
だが。
私が思うに、虐待は皮肉なことに連鎖するものだと思う。
親から子に、子からまたその子供に....
それが本当の恐ろしさ。
何度も繰り返す麻薬中毒や依存症よりも、もっと根深く質が悪い。
※ここからは、ネタバレ気味になったかもしれないので見たくない方はスルー願います。
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母と娘の2人2役を演じた原田美枝子が素晴らしい。
同じ顔なのに、別人にしか見えない。
だからこそ最後まで心に刺さる。
凄まじい形相で冷酷なまでに自分の子供に虐待をする母。
虐待に耐え、それでも懸命に生き自分にも子供ができた娘。
私は、結局二人共同じ虐待の被害者だったのではないかと思う。
きっと、本当に愛を乞うていたのは母の方だ。
虐待をするのは、されていたから...と私は想像する。
だけど、なぜ娘のほうは自分の子供に虐待をしなかったのか。
それは、愛を求めるだけでなく与えることの幸せを知ることができたからだろう。
連鎖は、愛から生まれ愛で終わる。
ラストも、決して母を許したわけではない。
許すとか許さないで済まされるほどの地獄ではないからだ。
あれは、虐待を...自分の母親を...認めた。
または受け入れたということだ。
もう、すべては過去に起きたことだと自分の中で決着をつけることができたということではないだろうか。
本当の強さは弱さから生まれるのである。
そして、どんなにひどい親であろうとも子は最後まで自分の親を憎しみ恨むことはできない。
愛されていないと思いながらも親の愛を求めるのが子なのだから。
ずしんと心にのしかかる傑作。
まだ、あの虐待母の最後の姿が頭に焼き付いて離れない。
自分だったら、どうするだろう...
そればかりをずっと考えてしまっているのだ。
ちぶ~的台湾度5
原作に台湾絡みのストーリーがあったかどうかは知らないが、あってよかったと心から思う。タクシーの運転手の林さんには間違いなく助演男優賞をあげるべき。あの軽さがこの作品では唯一ホッとできる場所であった。