自分の人生はなんて不幸なんだろう。
と、思う瞬間って生きていれば何度かある。
生きるのがつらい時がある。
そして、その原因が他人にあると断言できる時....
人は殺意というものを持つのかもしれない。
本気の殺意ってこういうことなのか。
こういう映画があっていいのか。
久しぶりに白石晃士監督の本気を見た気がする。
誰かを殺したいと思う。
その殺意の重さは人によって違う。
そんなことで人を殺したいと思うのかと感じたり、それなら殺したくなっても仕方がないと同情してしまったり。
人が人を殺すという行為は、タブーであり越えてはならない悪である。
この殺人ワークショップは一体何を教えたかったのか。
見終わってもずっと考えてしまっている。
果たしてその先は、解放なのか。
私には、むしろ人間の世界からの"追放"を指すのではないかと思ったのである。
妙に素人くさい俳優たちがリアリティを生み出す。
生活感があって本当にそこらへんにいそうな参加者たち。
特に、私はデートDVに苦しむアキコが見ていて非常に不愉快だった。
暴力シーンが執拗に長くこちらまでつらくなる。
感情移入してしまうのだ。
「そんな男、殺されても仕方がない」と...
殺人方法を学んでいくうちに、人を殺すとはどういうことなのかというシンプルな問いに答えを見出そうとする。
体で、目で、感じるのだ。
人を殺すという感覚。
血の匂い。
罪の意味。
苦しみから解放されるには「殺人」という方法しかないのかという疑問。
もちろん、この映画は殺人を肯定している映画ではないだろう。
その真意は見終わった今でもハッキリとはつかめない。
ただ、このアプローチは過激であり非常に実直な警鐘である。
「殺人」という行為は本当の意味での自由はない。
それでも人は、それを求めて人を殺す。
哀れで愚かな人間。
こんな映画、よく作ったものだと感嘆するばかり。
容赦という言葉を知らないから白石監督作品を見るのをやめられない。
賛否両論あって当然。
それでもやっぱり、すごいんだから。
ちぶ~的宇野君度5